花火「玉屋」「鍵屋」の掛け声の意味は?
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花火大会で、打ち上がった花火を見て「玉屋(たまや)」や「鍵屋(かぎや)」などと掛け声をかけたりしますが、その「玉屋」や「鍵屋」というのは、実在した花火師の屋号のことです。
その玉屋や鍵屋が活躍していたのは文化文政期(1800年代)のころで、その頃の花火は、練った火薬玉をアシの筒に詰めて、火の玉を飛び出させるという方式でした。
玉屋と鍵屋は好敵手(ライバル)で、「両国の川開き」で競うようにして花火を打ち上げていました。上流側では玉屋が花火を打ち上げて、下流側で鍵屋が花火を打ち上げていました。これがのちの東京・隅田川花火大会の原形です。
玉屋は30年あまり活躍していたのですが、失火の罪で一代で江戸を追放されてしまいました。しかし、鍵屋は「宗家花火鍵屋」として、現在は東京都江戸川区で15代目が継いでいます。
玉屋は一代で終わり、鍵屋は現在も健在ですが、花火のイメージとしては「かぎや」より「たまや」の方が印象が強いですよね。玉屋と鍵屋がライバルとして競うように花火を上げていた当時は、鍵屋より玉屋の方が圧倒的に人気がありましたし、「かぎや」より「たまや」の方が語呂がいいため掛け声をかけやすいということも関係しているようです。
当時の玉屋の人気を伺えるものとして「橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ錠なし」という狂歌もあるほどです。
最近は、花火大会などで「玉屋」や「鍵屋」などと掛け声をかけることは滅多にないかと思いますが、これはごく最近のことではなく、昭和30年ころには既に掛け声は「過去の遺物」となっていたようです。
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